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 "Celebration of Edwin Tabata"  日米学生会議の創始者のひとり、
田端利夫さんのお別れ会の名称である。
「井上くん、ぼくが死んだら通夜とか葬式はしない。ひとに迷惑をかけるからね。
そうだな...遺骨は太平洋にまいてくれるといいな...」
ニコニコしながら田端さんは言った。
毎月一回集まる元秘書3人との定例昼食会の席でのこと。いつもそうだ。
深刻なことを楽しげにおっしゃる。フランスで強盗に襲われ大怪我、
入院したときも 「毎日フランス料理は食べられるし、看護婦も美人ばかり...
最高」とても80歳の老人の言葉とは思えない。皆、あっけに取られ、
それから爆笑。

2003年8月28日。94歳。人生を謳歌し、周りの人をいつも楽しませて
くださった JASCの大先輩、自分のライフモデルだった田端さんは94歳の
天寿を全うされた。
家族が皆米国にいる事情から、30年間仕事等で一緒にさせて頂いた私が
「お別れ会」の発起人になる。会にはお嬢さんのAMYさんが来日、名前を
前述のように変えた。
"DADYはすばらしい人生を送った"。 遺品を整理しながら私も心から
そう思った。 JASC関係の写真、資料がきちっと整理されている。
学生服姿の田端さんの写真を見ながら 思いは1934年に飛ぶ。
田端さんはどんな風にして第一回学生会議開始にむけて学生たちを
説得したのだろうか....

この鍵はハワイで垣間見た田端さんのCHARMINGな会話力にあったのでは
ないかとひそかに私は思っている。田端さんは高齢になるまで必ず毎年ハワイに行かれた。そして10年前にぼくが滞在費をもつからと元秘書たち3人と
私を招待してくれたのだ。
田端さんの定宿に泊まったとき、従業員すべてがにこやかに、本当に楽しそうに
田端さんと会話を楽しんでいるのを見て驚いた。田端さんが席をはずしたとき、
レストランのウェイトレスは そっとささやいた。"He is charming…"


90歳のHAPPY BIRTHDAY !
2004年


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